撮影:南部辰雄

愛知県芸術劇場芸術監督
(アーティスティックディレクター)・
常務理事

唐津絵理(からつ えり)さん

日本初の舞踊学芸員として国内外のダンスの変遷を最前線で体感してきた。実験的な逸品から国際共同制作の話題作まで、30年余のプロデュース・招聘作品は約300を数える。「ダンスに止まらない芸術の創造と振興・支援施策のあり方両面に影響を与える重要な取り組みを牽引してきた」として令和4年度芸術選奨文部科学大臣賞も受賞。時代の感性と協調するダンスの魅力と、地域文化の発展や国際文化交流の拠点となる劇場の役割を聞いた。
(聞き手:桐山健一)


感情を自然に表現できる踊りが大好きで、「5歳からモダンダンスを習い、お誕生日会で自作の踊りを発表したり、友人に振付して一緒に踊ったり…」。

モダンダンスを始めた頃の唐津さん

幼少期から熊本市内で過ごし、小・中学生の頃はバレエ、フィギュアスケート、器械体操、演劇と活動の幅を広げたが、高校では新体操ひと筋に情熱を注いだ。元NHKアナウンサーの武田真一さんは同級生で、月刊誌の企画に、「唐津さんは学園のマドンナで優等生」と書いている。

「一貫して興味があるのは身体表現や舞台に関わることでしたね。大学入試ガイドブックで『舞踊教育学科』の文字を見つけ、『ここしかない』と、お茶の水女子大学を志望しました」。大学生や大学院生時代には、舞踊論や舞踊美学などを学ぶ傍ら、月1本のペースで舞台に出演し、ダンス公演を鑑賞しまくった。「木佐貫邦子の舞台に感動し、感性や知的好奇心に訴えかけるピナ・バウシュやウィリアム・フォーサイスの作品にダンスの価値観や見方を変えられました。この時期の強烈な『観る』体験が、舞台芸術に関わってきた私の仕事の原点です」。

大学院生の時、仲間と一緒にアメリカでのフェスティバルに出演。「無名の私たちなのに1週間の公演は全て満席。通りすがりの若者や老夫妻も立ち寄ってくれました。舞踊の文化や環境の違いにカルチャーショックを受け、帰国後に『舞台を多くの人に広めていく仕事』について調べ始めました。そんな折、指導教官から紹介されたのが、新しく開館する愛知芸術文化センターにできる愛知県文化情報センターの学芸員の求人。オープニング企画が山海塾の舞踏公演で『ダンスに詳しい人材が必要』と聞いて興味がわきました」。愛知に縁はなかったが、「公務員試験を受けて採用され、文化情報センターに所属しながら1年かけて学芸員資格を取得。1993年に正式に日本初の舞踊学芸員になりました」という。

「『観客の身体が目覚める作品』の提供を目標に、世界の最先端のリアルな舞台芸術を様々な切り口で見せることと、新たなプロデュース作品の企画制作。この2本柱に取り組んできました。大切なのは、物事を常に俯瞰的かつ客観的に見ること。バランス感覚はもちろん、必要な時には思い切れる大胆さも。制作には緻密さが求められますが、思い切ったこともできないと斬新な作品は生まれません」。プロデュースした200以上の作品は愛着の深いものばかりだが、あえて代表的な作品を問うと—。

「愛知芸術文化センター開館10周年に、文化情報センターが企画制作したH・アール・カオスのダンス公演『カルミナ・ブラーナ』(2002年)は衝撃的でした。フルオーケストラの演奏やソロ歌手、合唱の迫力に加え、大ホールの多面舞台の機能を活用した美術も見事で、『これは新しいオペラだ』と思える素晴らしい総合舞台芸術作品になりました」。この公演が「ダンス、演劇、音楽、美術、照明、映像、衣裳など様々なジャンルのアーティストが対等に能力を競い、協働し合う『ダンスオペラ』シリーズにつながりました」。

話題のダンスオペラは「愛・地球博」でも

愛知万博「愛・地球博」のために制作した『UZME』(2005年)はバレエ界の至宝ファルフ・ルジマトフやH・アール・カオスの白河直子らが共演した。
オペラ歌手とダンサーが一つの役を歌い踊り、能楽師も出演した『青ひげ城の扉』(2005年)、名古屋市出身の気鋭ダンサー平山素子や個性派ダンサーの西島千博、山崎広太、女優の毬谷友子が共演した『ハムレット〜幻鏡のオフィーリア』(2007年)…。話題作が続出し、「ダンスオペラ」は舞台関係者やファンの間で語り草になった。

「愛知万博と言えば、振付家・ダンサーの近藤良平率いるコンドルズや特別編成のプロミュージシャン、県内の小・中・高校生たちによる『森の中のパレード2005』は会場が熱気に包まれる楽しいパフォーマンスでした」。愛知県蟹江市の小学校では、ダンサーの伊藤キムやジャズピアニストの山下洋輔らを招いて『跳ぶ教室』(2002年)を開催。「公募の小学生52人や地域の大人たちが夏休みの2週間にわたりパフォーマンス作りを楽しみました」。発表日には噂を聞きつけた関東や関西からの来場者も含め700人もが集まった。

斬新な発想・企画の意欲作が評判呼ぶ

西洋のダンスの歴史を考察するシリーズ「ダンスの系譜学」は、「振付の原点」として古典を、次いで「振付の継承/再構築」として同じダンサーが新作を踊るユニークな企画。3人の女性ダンサー安藤洋子、酒井はな、中村恩恵にフォーカスしたプロジェクトだ。酒井が踊った『「瀕死の白鳥」/「瀕死の白鳥 その死の真相」』(2021年)は「バレエの様式を解体し、現代のパフォーミングアーツの新たな局面を切り開いた意欲作になりました」という。

ジャンルも方法論も異なるダンサーの島地保武とラッパーの環ROYが踊りと言葉の起源を辿って紡いだ『ありか』(2016年)は、固定観念を揺さぶりながら挑んだ新しいスタイルのライブパフォーマンスとして人気を呼んだ。『あいちダンス・フェスティバル/ダンス・クロニクル(舞踊年代記)〜それぞれの白鳥〜』(2004年)は、地元のバレエ団の交流とバレエの歴史を辿るという興味深い企画だった。

『Rain』(2023年)は「サマセット・モームの短編小説『雨』を題材に現代美術作家の大巻伸嗣やサウンドアーティストのevalaらがコラボレーションしたダンス作品。主役に名古屋ゆかりのバレエダンサー米沢唯を選抜した直後にコロナ・パンデミックが発生しました。『雨』は感染症の流行から起こる物語ですから、創作のリアリティーが生まれたと思います」。

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